建築家とつくる、高性能な木の家
by
真柄工務店物語

大工の長男として生まれて

私は新潟県新潟市で、大工の長男として生まれました。

父も叔父も大工で、家の周りには、沢山の木材が山積みになっていました。
朝早くから、夜遅くまで、叔父の沢山のお弟子さんと共に、材木を刻んだり、道具の手入れをする父の姿を見て、かっこいいなと憧れていました。
家の前には小さな小川が流れ、周りは田んぼだらけでした。
冬場は、軒先にツララが出来るほど寒く、カンナかけをしている父の吐く白く息、汗をかいた体から沸き立つ白い湯気が特に好きでした。

私が8歳の頃、父は、母の実家があった小金井市に引越し、そこで、真柄工務店を創業しました。

仕事は順調だったようで、東京に移ってからも、母の知人をスタートに、どんどん仕事も増えて行ったし、沢山のお弟子さんを取るようにもなっていました。
私も高校時代の夏休みには、バイトで父の仕事を手伝わせてもらい、幼い頃からあこがれていた大工の世界に入れた喜びで一杯でした。建物が完成した時の達成感を味わえたことも、今の私の原点になっているように思います。

厳しくつらかった修行時代

高校を卒業し、迷うことなく真柄工務店に就職したのですが、バイトで入った頃とは違い、兄弟子たちの厳しさに驚かされました。当時はまだ徒弟制度が色濃く残っていましたので、私は、兄弟子たちと一緒に休憩を取る事さえ、許されませんでした。

社長の息子であるなんて、関係ありませんでした。

休憩時間には、刃物とぎをするのが、日課でした。研いだ刃物を父に見せると、「こんなのじゃダメだ」と、投げつけられました。地面に落ちた刃物は、せっかく砥いだのに、刃が欠けてしまうこともしばしばでした。欠けた刃物を拾っては、再び研ぎ直す毎日に、いつしか私の心は折れてしまいました。

兄弟子たちも、「本当に、親方の息子なのか?」と、私をさげすむばかりでした。

今思えば、全て、私の腕を磨くためにしてくれたことだったと理解できるのですが、当時は、辛いだけでした。

心の支えとなった学びの友

その頃の私にも、心安らぐ瞬間がありました。

高校卒業後、真柄工務店に就職すると同時に、私は、建築士の資格を取るために専門学校の夜間部に入学しました。

昼間は、大工仕事、夜は、学校に通いました。父からもらう給料も、1日働いて3,000円程度だったので、学費を払うと、ほとんど残りませんでした。

車を買って乗り回す友人をしり目に、私は、ひたすら、大工仕事と、勉強に明け暮れました。

「もう止めた」「辞めてやる」と思ったことも、一度や二度ではありません。しかし、その衝動を抑えられたのは、「お客様の励まし」や「建物が完成した時に頂く、お客様からの感謝の言葉」があったからです。

そして、10年の長い長い修行期間は終わりました。

順風満帆な人生と思った矢先に

念願の建築士に合格し、何よりも待ち望んでいた初めての我が子も誕生していました。
23才で結婚した私にとって、29才の時に初めて授かった第一子は、まさに「授かりもの」といった有難い気持ちで一杯でした。

「さぁ、子供も生まれたし、これから家族のために頑張るぞ!」

そんな決意を固めていた矢先です。
父が経営する真柄工務店が倒産したのです。

私は、訳が分からず、ただ茫然としてしまいました。
会社で積み立てていた預貯金も全てなくなり、気が付くと、本当に何も残っていませんでした。

途方にくれましたが、生まれたばかりの子供や妻を守らないとなりません。私に残された資産は、父や兄弟子たちが仕込んでくれた大工の腕だけでした。

社員大工として再出発

そして、今では、外断熱工法と自然素材の家づくりで有名な会社にご縁があって、社員大工として、勤め始めました。

就職先の候補は、他にもあったのですが、年が若かったことと、建築士の資格を持っていたことなどもあって、その会社の社長から熱烈なラブコールを頂き、お世話になることにしました。

しかし、私は、父の借金を返したかったこと、そのために稼ぎたかったこともあって、社員大工よりも稼げる「手間請け大工」になるつもりでいました。

1年間の社員大工の実績を評価され、私はめでたく「手間請け大工」になることが出来ました。手間請け大工とは、大工の技術を提供し、手間賃という形で、収入をえる雇用形態なのです。

本当の家づくりとの出逢い

無知で未熟だった私は、大工として色々な注文住宅を建てさせて頂きました。経験を積むうちに、自分が住んでいる家に満足できなくなってしまいました。それは、本物の自然素材の良さや、しっかり断熱している家の快適さが、我が家と比べ物にならないと分かったからです。

ビニールクロスは、結露で剥がれ、合板フローリングは、捲れていました。
夏は暑く、冬は寒い家。私は、我慢できなくなり、その家を売ってしまいました。
そして、数年後、念願の外断熱で本物の自然素材を使った家を建てたのです

お世話になった外断熱の会社は、「自然素材を使った、いい家」を建てていました。

私は、大工の腕を発揮しながら、外断熱の技術や知識を学ばせて頂きました。

あの経験が、今の財産になっているので、手間請け大工として、「下請け」をしていたことは、決して無駄ではなかったと感謝しています。

真柄工務店の復興へ

しかし、いくら、いい家を建てても、いくらいい仕事をしても、お客様から直接評価頂くことも、感謝されることもありませんでした。感謝されるのは、「元請け」の会社さんだけでした。

私が、父の会社で大工をしていた頃、お客様に励まされたり、感謝されたりといった言葉は、一切私には、関係がありませんでした。

そのときはそれでいいと思っていたんです。

しかし、あることをキッカケに、再び、お客様から直接評価され、感謝されるような家づくりがしたいと、強烈に思うようになりました。

それは、こんなことがあったのです。

突然、あるお客様が、私のもとにやって来られました。
その方は、10年前に、私が「下請け大工」として、家を建てさせて頂いたお客様です。
「また別の土地に家を建てることになったので、あなたに造ってほしい」そのお客様は、そうおっしゃいました。

当時の私の仕事ぶりを覚えて下さっていて、「また建てる」時には、「この人」に頼みたいと決めていたと言うのです。

そして、名刺を渡すことも憚られる立場の私を、わざわざ探して、訪ねてきてくださったのです。

「大工をやっていて良かった」
「これが、私が大工にあこがれた理由だった」

この嬉しさは、父と仕事をしていた時の感動と一緒でした。
私が忘れかけていた気持ちでした。

大工を辞めたいと思っていた頃の自分を救ってくれた「お客様」を思い出しました。
「もっと多くのお客様に喜んで頂きたい」

そんな気持ちが、フツフツと沸いてきました。

このことがキッカケで、私は、父が倒産させた真柄工務店を再興させることに情熱を注ぐようになったのです。

 

ついに真柄工務店を再興

そして平成22年、ついに真柄工務店を復活させることができました。

18才から大工修行を始め、30年以上現役の大工を勤めてきました。

建築士の資格も取りましたし、下請大工として、数えきれないほど多くの家も建てさせて頂きました。

私は、いい家が建てたいので、大工は社員として採用しています。

小さな会社なので、たいした宣伝広告も出来ないし、豪華なパンフレットもありません。
住宅展示場もありませんし、カッコイイ営業マンもいません。

しかし、建てさせて頂いた方からのご紹介で、
既に沢山の新築や、大型リフォームを手掛けさせて頂いています。
本当に感謝に絶えません。

性能の、その先へ

いい家を求め続けて、真柄工務店ではこれまで「高気密・高断熱」な家づくりを追求してきました。

結果、性能の高い家をつくる工務店として認知されるようになりました。「(性能の高い)いい家を建てるなら、真柄工務店で」そんな評価をいただけるようになったのです。

しかしその一方で、いい家は性能だけでは語れないと思うようにもなりました。

家族の健康や持続可能な社会の形成のために一定の性能を確保することは当然として、暮らしやすさや永く飽きの来ない設え、四季を感じる空間があってこそ、ゆたかな暮らしができるのでは…そんな想いがふつふつと沸いてきたのです。

建築家の考える家づくりの核となる部分を大切にしながらも、性能は犠牲にしない住まい…そんな理想の家が手が届く価格で提供できたら…そんな思いから立ち上げたのが、このMGRというブランドです。建築家若原一貴さんからはじまったこのプロジェクトも、その後、その想いに共感いただいた建築家が参画することでさらなる展開を見せています。

追伸

私には、夢があります。

父が作り、そして倒産させた真柄工務店を、私が再興しました。

私は、この真柄工務店を、義理の弟に引き継ぎたいと思っているのです。
血のつながりのない弟ではありますが、同じ父から、大工の腕を引き継ぎ、また同じ家づくりの想いを共有している弟と一緒に、お客様から感謝され、励まされる家づくりがしたいのです。

いくら頑張っても、お客様から直接感謝されることのない下請けではなく、自社大工が直接お客様の希望を叶えてあげられる家づくりがしたいのです。

私の家づくりの原点は、お客様の喜びの声です。

家族が集い、笑って過ごせる空間づくりのお手伝いが出来れば、嬉しいです。

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